甲株式会社(取締役設置会社)の代表取締役Aは、自己のギャンブル資金にあてるため、甲株式会社の代表取締役としてBから10万円を借り入れた。この場合、Bは甲会社に対して資金の返還を請求することができるか。






1.Aは甲会社の代表取締役として自己のギャンブル資金にあてるためにBから金銭を借り入れており、Aのなした行為は、主観的には自己の利益を図るためのものである。しかし、代表権の範囲は取引の安全の確保の見地から客観的・抽象的に判断すべきであり、本問の借り入れ行為は、代表取締役の代表権の範囲内のものである(349条4項)。しかも、10万円程度の金銭の借り入れであれば「多額の借財」(362条4項2号)には該当せず、代表取締役の専決事項に属する。とすれば、Aは甲会社の代表取締役名義で権限の範囲に属する借入行為をなしているので、甲B間に金銭消費賃借契約が成立し、常にBは甲会社に対して資金の返還をできるかに思える。しかし、相手方BがAの権限濫用の意図を知る場合にまで、甲会社に対して貸金の返還を請求できるとするのは妥当でない。そこでかかる結論を導くための理論構成が問題となる。

2.この点、判例は、心裡留保に関する民法93条ただし書を類推適用することにより、解決を図る。しかし、代表権の濫用の場合には、心裡留保の場合のように行為の法律効果について表示と真意の間に不一致があるわけではないので妥当ではない。
 思うに、権限濫用をするような代表取締役を選任した以上、そのリスクは会社が負担すべきであり、利益衡量上相手方が悪意の場合のみ債務の履行を主張を拒絶し得るとすれば足りる。そこで、悪意の相手方が権利を主張するのは信義違反ないし権利濫用であり(民1条2項3項)、会社は、債務の履行を拒絶できると考える。

3.したがって、本問では、甲B間に金銭消費賃借契約が有効に成立し、原則として、Bは甲会社に対して貸金10万円の返還を請求できることになる。ただし、
Aがギャンブル資金にあてるために10万円を借り入れたことをBが知っていた場合には、甲会社はBに対して、貸金の返還を拒絶できる。したがって、その場合、Bは甲会社から貸金の返還を請求できないことになる。

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